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■紋章上絵
新宿の染「紋章上絵」

 きものの式礼服(紋付き・留袖など)には、家紋が入っています。この家紋を、分廻し(古来からの竹製のコンパス)や極細の筆を使い精密に墨描きすることを、「上絵(うわえ)」といい、その職人を「紋章上絵師(もんしょううわえし)」といいます。初めは染物の分業として上絵師がありましたが、江戸時代中期から後期にかけて、紋章の上絵師として専業化したとされています。
 家紋がいつ起こったかは定かではありませんが、平安時代に牛車や衣服につけたりするうちに自然と世襲的になり、今の家紋の原形に近いものが出来上がったといわれています。公家たちが牛車に家紋を用いることは自分の家の車を見分けるのに便利なことと同時に、他家への“デモンストレーション”の意味もありました。
美的趣味から起こった公家の家紋に対し、武家の家紋の発生は少し異なります。合戦において敵・味方を判別する役割から発展した武士の家紋は、戦場における実用面が強かったようです。

戦国時代になると旗・のぼりなどのほとんどの武具や馬具に付けられ、天下人太閤秀吉は、大阪城などの建造物にも家紋を用いました。
徳川時代、太平の世になるとその用途に大きな変化が起こり、家柄・格式を尊ぶ時代においてはその格の違いを識別するためのものとなっていきました。
元禄時代、町民文化が花開くころ。庶民の間にも家紋が使われ始め、その文様の美しさに磨きがかかってきました。変形まで含めると下問の数は約5000個にまで達します。

こうした多様な家紋を生み出したのが「上絵師」であり、この時代家紋は世界に類をみないほど多彩で優れたデザイン群を形成していったのです。
われわれは、この伝統的な技術を引き継ぎ、「手描き紋章上絵」として、一つ一つ心を込めて描いています。
【紋章上絵】(四之宮文夫作)
軸違下りバラ藤 沢瀉蝶







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